まいさなが通勤電車で遠くを見据える

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通勤電車は考えごとするほかないよね~(゚∀゚) 勉強・教育・研究・育児についての考えごとを綴る自己ブランディングブログです

子育て話① 壮絶な自然分娩の立ち合い

ここに我が息子が生まれてからの話を記しておきたいと思います。

これから親になる人へ向けた経験談です。

万が一、自分の子供が病気を持って生まれた場合に注意しておくことを記します。

参考になれば幸いです。

 

【出産編】 陣痛から出産まで

 ちなみに私は父です。

陣痛の始まり

我が家に待望の長男が生まれたのは3年前の2月でした。

出産前の検査は順調でした。

男の子であることもわかり、生まれてきた後の準備を着々と進めていきました。

甥っ子のおさがりで色々なもの、とくにベビーベッドとチャイルドシートを貰えたは金銭的にとても助かりました。

 

陣痛が始まったのは出産予定日の前日、金曜の夜中でした。

かかっている産婦人科の病院に電話して、向かうことになりました。

出産予定日は2日後の日曜日だったので妻がしっかり準備をしてくれており、まとめられた荷物を車に載せるだけでした。

【自然分娩】分娩前は夫もツライ!?

到着するとすぐに分娩前の待機室みたいな場所に案内されました。

1.5畳分くらいのスペースです。

分娩までの流れを説明され、テニスボールを渡されました

このテニスボールを渡された瞬間から壮絶な分娩が始まりました。

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妊婦さんは陣痛の痛みに波があります。

痛くなった時に、子供が出てくるであろう箇所にテニスボールを当てて、なんとも結構な力を込めて押すのです。

私は全力の8割くらいの力で押していました。

これをすると妊婦さんは少し痛みが和らぐようです。

普通だったらだいぶ痛いと思うのだけれど、こんなに押した方が楽になるって陣痛の痛み恐るべし。

この方法がスタンダードなのかわかりませんが、経験者はわかって頂けると思います。

 

痛みの波はだいたい30分おきだったと思います。

金曜日の夜中だったので私は一週間分の仕事の疲れも溜まっていて、合間は寝ていました。

寝て、起きて、押す。寝て、起きて、押す。

もう夢見心地でわけわからない中、この単純作業だけを繰り返しました。

でも妻は痛みと戦っているわけなので手を抜いている場合ではないのです。

 

そんな中、どこからか軽快な男女の会話がかすかに聞こえてきました。

どうやら芸能人のニュースについて話している。

実は待機室は仕切りがあるだけで、隣にも分娩待ちの夫婦がいるようでした。

あちらさんは無痛分娩のようで楽しそうに談笑していました。

くそ~っ、こっちはイタタタという妻と、フガフガ言いながら押す夫だというのに!

でも今考えたら、子供が生まれる直前なんだから幸せの絶頂ですし仕方ないですね。

 

我が家が普通分娩なのは、その分のお金(10万円)を違うことに使いたいという妻の一言で決まったのでした。

加えて、運が悪い場合、無痛の状態で出産できるとは限らないと言われました。

お金を払っているのにも関わらず、出産が痛いのでは意味がない!と妻は自然分娩の意思を強めたのでした。

分娩室で立ち合い

この「寝て、起きて、押す」作業、なんと8時間近く行いました。

そのころに看護師さんがやってきて「分娩室に移動してください。」と言いました。

やっとこの作業から解放されるんだ。 

妻の手を握り、ヒッヒッフーと応援するんだと思ったのもつかの間、妻は分娩用の椅子に座らされて、引き続きあの作業をすることに。

このころには妻の痛みの感覚はだいぶ短くなっていました。

ここでも1時間くらいあの作業は続きました。

さっきよりも押しにくい体制で頑張ります。

 

さぁ、先生がやってきて立ち合い出産です。

妻の手を握り、ヒッヒッフーと声をかけ、応援します。

ここからはすぐでした。

「頭がでますよー。」と先生が言います。

この辺りでもう妻は冷静なように見えました。

あまり取り乱すこともなく、呼吸法を忠実に続けていました。

すごく痛いだろうに強い人だ。

 

「生まれました!〇月〇日〇時〇分。」

出てきてすぐにぎゃーと泣く息子。

出産前には少し体重が少ないかもとは言われていましたが、生まれてみると2800gを越えており安心しました。

看護師さんが手足の指の数を数えて、妻の胸に渡しました。

すぐにおっぱいに吸い付きます。これはもう、感動の瞬間ですね。 

 私たち夫婦は写真や動画を撮って幸せな瞬間でした。 

 

しかし、 このあとも戦いが続くのでした。

 

 

つづく・・・。

最後までお読みいただきありがとうございます。